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株式会社わたしはに入社した理由

こんにちは。

株式会社わたしはの吉峰です。

人工知能の会社に転職したというと、どうして転職したのか?と聞かれるので理由を書いてみます。

最初に当社CEOの竹之内に会ったのは取材です。
当時私はライターでインタビュー記事を書いたのですが、竹之内の莫大な知識量と喋るスピードと描く未来像に圧倒されました。

でも、その時に「すっごいまともな人だな」と思いました。

情報量が多過ぎて記事にはできないかもしれない、と話して帰路につきましたが、
こんなまともな人に認められたいと思う熱量が湧いてきて翌日に記事を仕上げたのを覚えています。

「まとも」っていうのは、私の中での最大の褒め言葉です。
人間が生きていて「まとも」に生き続けるのって難しいですよね。

昔、北野武の詩集『僕はバカになった』が好きで愛読していたのですが、その中に若い頃には戻りたくないという旨を書いた一編の詩があります。

あの浮っついた顔に張り付いた欲望を見ると反吐が出る

みたいな。

もう1つの詩には、

僕が君と別れたのは、君を嫌いになったのではなく
一緒にデートをして映画を見る、そういう自分を許せなかったからかもしれない

というようなことが書いてあります。

北野武の詩の中には、浮っついた欲望を持っていることに対する恥ずかしさと、それを自分で自覚している矜持がありますよね。それを持っているのが私は誠実な生き方だと思っています。浮っついた欲望があるのが当たり前。無自覚にも自覚的にもすぐにそこに足をとられ、傲慢になります。でも誰に言われるわけではないけれど、自分自身に対してそういう眼差しがあり、自分のその視線にジッと耐える時間があるかどうか。そこを生き抜く時間が、その人をその人らしくするように思います。

でも今は承認欲求を満たすことや人気者であることが金になり、パワーになる。そして、承認欲求を認めること、欲望の前に開きなることがイケてることになっています。

SNSでうまいことを言って、フォローをしたりされたりという関係に勤しむ人たちに対して、そんな風に見えることがあります。

イケてるという理由で、素朴な感覚がうまいことをいう対象になって切り捨てられていく。断片になった情報も人の気持ちも何かを伝える力はとても弱いものだと思います。

あなたは誰なのかという質問に対して、現代の人はいろんなおしゃれな答えを手に入れていますが、でもそれが人間の生命力を強めているのかどうか、生を急かすものになっていないか、幸福に結びついているのかどうか。いつも浮ついた欲望は外へ外へと向かい、自分自身の眼差しとして戻ってくることはないのではないか、と思います。

竹之内と話していたときに感じた「まともさ」というのを、ここまでの記述で表現できたかわかりませんが、少なくとも竹之内は「AIっていう最先端の技術を開発しているかっこいい俺」みたいな発想とは遠いところから出発している人です。

彼の中には、素朴さも恥ずかしさも、それを自分で自覚している矜持もある。そして、そういうことを感じている人が語るAIの未来は、人間の生命力を脅かすものではなく、ワクワクと刺激するものです。

よくAIを人間の代替に使うというけれど、そういう時の「人間」って何なのか?人間を矮小にして、AIを当てはめたら、もてはやされるかもしれないけれど、その動機は浮っついた欲望ではないかしら。

どういうことがしたいのかを竹之内から聞くとき私はワクワクします。

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「やりたいことがある人」は素敵です。「好きなものがある人」も素敵です。

そのやりたいことと好きなものが手段ではなく、目的そのものであるとき、ただそれをやるという行為自体が喜びになります。そのやりたいことの中身や熱量の違いにすごいもすごくないもなくて、そこに人間らしさを感じます。無邪気さと喜びが恥ずかしさから救済してくれるとき、時間を忘れ生きていると感じます。そして我々がやりたいのは、その無邪気さと喜びを大切にすることです。

株式会社わたしは、は、やりたいことがある会社で、そのこと自体がとても素敵だなと思ったというのが転職理由です。

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私が初めて竹之内にあった時に書いた記事はこちらです。
【株式会社わたしはインタビュー】軽い気持ちで大喜利AIの話を聞きにいったら、熱くて深い「強いAI」の話になった。|SmartHacks