悪口をいうセンスの解剖

悪口を言うセンス(1)株式会社わたしはの面白さの切り口についていけない地獄

AIよりAIっぽいのは私?存在意義を疑う

こんにちは。株式会社わたしはのヨシミネです。

10月1日に入社してから早2ヶ月。

ここ1週間は地獄のような日々でした。なぜなら「ヨシミネさんのここ2ヶ月の活動を総括して科学的に分析しましょう」というCEO竹之内の一言に始まり「○○を考えて。それも抜け漏れないとわかるように。抜け漏れがないということがわかりますか?」というような指示が毎日届き、「全然違います」「話になりません」「浅いです」「僕はただヨシミネさんに自分で考えたことを言ってほしいだけですよ」「そしたら次はこういう視点で考えてみましょうか」という答えが返ってきて、あー、シンドかった。

自分の頭を振るとカラカラと音が鳴るような。もうダメだ!私は考えることができないんだ!だって考えられない社会人とかいっぱいいるじゃん!私もそう!と思っていわゆるロジカルシンキングの基本の「き」が書いてある本を手に取る始末。

私が特に恐ろしかったのは「間違っていてもいいから自分で考えて“コレだ”と思うことを言ってほしい」という竹之内の言葉です。これを何回言われたことか。自分で確信を持てるくらいに考えを深めて言ったことは知識の多寡や正しさなんて関係なく面白いんだというのです。

私はまず間違えるのが嫌いです。人生は間違いだらけですが、間違えるのが怖い。なので「自分で考えたことを言ってほしい」と言われるとバグります。正解っぽいデータをいくつかくれたら、学習してそれっぽいものを考える(つまりゼロから全然考えられない)という方法で生きてきたので、何のアイディアも出てこない……当社が開発しているAIよりも私の方がよほどAIっぽいかもしれず、カラカラの頭を抱えながら自分の存在価値が揺らぐという薄ら寒さを感じていました。

何が面白いのか。まさかの見下し?

AIにすらつまらないことを許さない当社ですから、当然人間にもつまらないことは許されないわけです。

間違いたくないと思っている人間の発言なんて所詮表面の上滑りで面白くない。じゃあ、何が面白いの?何が面白いの?何が?

と考えていると「私だって、笑いながら楽しく生きてきたもん!あの制服を着た強面の人たちに私の女子らしい感性が伝わってないだけだもん!男子校ノリめ!」と地団駄を踏みたくなりましたが、

(左)制服の強面の人たちと(右)女子的たのしみ

友人(女子)と飲みながら当社の説明をしている時にですね

「え?あんたの会社の人たちって人を見下しているってこと?」

と言われたわけです。

「ち、ちがうよ……!」と答えましたが一理ある。

当社のミーティング中みんながゲラゲラ笑っているのを見ながら(自分も笑っちゃいながら)「こんなことで笑っていいんだっけ?」「それは人を馬鹿にしているのでは?」と一抹の不安を感じることがしばしば。

当社の面白さとか面白さの切り口って、人を見下している(ように見える)中にあるものなんです、きっと。もちろん、ただ人を見下すだけだったら笑えないので見下すように見える中にある何か。それは何か。

結果、これがヒントになって私なりに結論が出たのですが、長くなるのでまた次回に回します。

ではー!